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一匹狼と私。


昨日の続編みたいな。。。笑





ちょうどあれは私が16歳ぐらいになった時の事。

家がスナック経営してて、その頃からお店の客層がちょっとヤバくなってきてて。
父親の知り合いでそっち系(○○組)
の人達がいて、その筋の人達の溜まり場みたいになってて。

その頃、私、高校中退して家にも帰らないで遊びまくってた。
でも仕事も何もしないってのは良くないっておもい出して、
いつからかな。
家のお店をお昼喫茶店にしてやらせてほしいって父親に頼みこんで
で、お昼に喫茶する事になった。
血筋やなぁ。って思いながら、駅でコーヒー割引券みたいなチラシ作って配ったり。

しばらくして、1人のそっち系のおっちゃんがお昼に来るようになったんよ。
このおっちゃん、組には
属してなくて、そうモノ本の一匹狼。

全身の縫い傷100以上。
顔も縫い傷いっぱいやったの覚えてる。

小柄な体系やったけど、見るからにその筋のおっちゃんやった。
パンチパーマにサングラス。スーツびしって着てネクタイかちっと決めてて。
スーツとかも毎日違うくて、ネクタイの柄とかもめっちゃ趣味良くてね。
バリ格好良いおっちゃんやった。

で、私が10時ぐらいにお店開けててんけど、開店と同時ぐらいにそのおっちゃんが来て。

「裕美ちゃん、ビール」

って。笑

もう飲み始めはるねん。

「こっち来て横すわり。」
って。笑

まあこんな日が日課のようになってた。

で、結局ずーーっと夜まで、いや夜中までお店にいはったんよ。

夜には父親と交替してスナックに切り替わってって。

で、夜になるとその一匹狼のおっちゃんのお仲間さん達が次から次へと来はって。

ほとんどの人が小指なかった。

で、又夜にも私にお呼びがかかる訳よ。笑

父親公認かよ!みたいな。笑

「裕美ちゃん、こっちおいでー」の嵐やん。笑

でもほとんど一匹狼のおっちゃんの横にいたよ。

で、夜も更けて酔いも回ると恒例のチークタイム。笑

「裕美ちゃん、踊ろ」
って。
入れ代わり立ち代わりで。
たまにお尻ギュツてされたりとか。笑


でも楽しかった。
すごく。

マスター(父親)の娘ってのでみんなすごく可愛がってくれて。

て、私の父親は何者やねん?笑

時にはすごい光景も目にしたけどね。

違う組の人達が言い合いになって暴れてビール瓶割って「おらー!ぶっ殺すぞー!」
みたいな。
えっ?リアルVシネやん。て。


この当時、私ほんま、怖いもん知らずやった。

でもそれからそういう人達の出入りで、昔からの常連のお客さん達が来れなくなってて、店としては大変な状況になってたみたいやった。

でも私はなんかその人達が好きやった。



特に一匹狼のおっちゃん。


それこそおばあちゃんも一緒によく食事にも連れてってくれたよ。
お寿司やったりホテルのバーベキューやったり。

そりゃ外身はいかついし怖いよ。顔も体も縫い傷いっぱいやよ。
でもすごいに器でかくて懷温ったかかった。


一匹狼のおっちゃんはよく私の手ぎゅって握ってくれたんよね。

「裕美、頑張りや」
って。



今でもそのおっちゃんの手の感触覚えてるよ。

体の縫い傷も服めくって数えながら見せてくれたのも。。。





ある日の事。

ぱったりとその一匹狼のおっちゃん、うちの喫茶にも夜にも来なくなって。。。


持病の糖尿病が悪化したらしくて。。。



もうお医者さんから
一滴でもお酒飲んだら死ぬかもしれへんて。





そんなある日。
お昼におっちゃんが来てね。

「裕美ちゃん、ビールや」
って。

さすがに私も出せなくて。
「ワシが注文してんのに出されへんのかー!」
って。

すぐに父親に来てもらってその場はなんとか飲ませずに帰らせる事できてんけど。

それからも何回か来はってその度になんとか帰りはってって。
その繰り返しで。。。



それから何週間かしてぐらいかな。







○○のおっちゃん、死んだって。。。







えっ?

嘘やんな。

嘘でしょ。

私はその場から動けなかった。



われに返って慌てて階段上って自分の部屋へ。
入ったと同時に私一気に体が震えてきて。
涙が止まらなかった。。。





あっけないよね。

人の死って。。。







その後、おっちゃんのお葬式に行って。。。






キレイな顔してた。





父親はずっと号泣してた。




もう何年も前の事やけど、今でもよく思い出すよ。
鮮明に。。。





一匹狼のおっちゃん。





だってこんな経験なかなか出来ないでしょ。
こんなに身近に出逢えないもん。








正真正銘の本物の一匹狼には。。。        


| 生い立ち日記 | 21:02 | comments:0 | trackbacks(-) | TOP↑

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綺麗事

だけじゃね。。。



人それぞれ育って来た環境って違うよね。



例えば(私の場合。笑)

生まれた時から両親揃ってなくて、物心付いた時にはお父さんもお母さんも傍には居ない状態で。。。

これだと甘えれないでしょ。
言いたい事言えないでしょ。

だって甘える人も聞いてくれる人も居ないねんから。

子供だとその相手、探せないよね。

甘えたくても。話したくても。。。

そこから人生始まってる訳やから。

そうなると自然と言葉も心も閉ざしたままで。

始まりがそこなんやからそこから人に言葉を発して気持ち伝えるとか
心開いて甘えるのとかって相当な事だよ。。。

まだ幼い私には当然不可能な事で。

私、ほんとに幼い時、全然人と話せなくて。話せないんじゃなくて声に出せないんよね。
たとえ家族でも親戚でも。




幼稚園の年中さんの時は一年間ずーーっと泣き続けてたからね。

幼稚園に着いたと同時に泣きだして
帰りの時間までずーーっと泣き続けてたから。

園長先生の膝の上でギャーギャー泣きながら暴れてたの今でも覚えてるよ。

そんな泣きっぱ一年も過ぎて年長さんになって。

少しだけ大きくなって成長したんかな。

全然泣かなくはなって。
でもその代わり一言も言葉発しない子になってた。

何を聞いても一言も話さない私に先生がすごく困ってたの覚えてるよ。

幼いなりの精一杯の大人への反抗やったんやろな。





そういや忘れもしない出来事が。。。

年長さんになっての運動会での事。

幼稚園ではお決まりのお母さんと一緒にお遊戯。
みたいなのがプログラムにあって。

その時継母が来てね。
会う事すら初めてでね。

手繋がなあかんねんけど、
繋ぐ事、いや触れるのが嫌やった。

肩叩きしたりおんぶしたりみたいなので。

周り見渡すと他の子達は嬉しそうに笑顔いっぱいで
楽しんでお母さんにひっついてたよ。

あたりまえの事なんやろうけど。。。

最後に抱っこしてもらってギュッみたいなんやったんよね。



私は結局手も繋がず、抱っこもしてもらわなくて、
子供ながらに変に気使いながらぎこちなくてって。。。

「誰?この若い女の人?」
「なんで?この知らない人とお遊戯しなあかんの?」
「手繋がなあかんの?」

「肩たたかなあかんの?」
「ひっつかなあかんの?」

って。。。



そこには幼いながらめっちゃ緊張して気使ってる私しか居なかったよ。



まあこれはほんのひとかけらの出来事な訳で。。。



これが私の生い立ちで。これが事実やねんから。

何をどうする事も出来ない私がいるんよ。。。





ただ唯一救いだったのがおばあちゃんが居てくれたって事やった。

おばあちゃん居なかったら私どうなってたやろ?

って。





きっと今のこの私は存在してないよね。。。    


| 生い立ち日記 | 21:10 | comments:0 | trackbacks(-) | TOP↑

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水商売と私。

お疲れさま。
今から帰ります。

ここ福島も日曜日は人通りが少ないです。

今日、住人さんと話してて、ふと昔の実家の事思い出しました。






夕飯の時間が午後5時前後。
やけに慌ただしい。

もうすぐお店の開店時間。


父親はさっとご飯を食べて、家の裏口から隣接してるお店に向かう。



私の実家は水商売。



有線の音楽が流れ出す。

少し遅れて、伯母、継母も裏口から出て行く。

いい時間になると、話声が聞こえてきて、カラオケの音が鳴り響く。

薄い壁一枚なだけに、結構家中に響きわたる。

夜中までずっと鳴り響いてる。



夜中過ぎて、静かになったなと思ったらドアの音。話声。


話声がだんだん大きくなってやがて怒鳴り声に変わる。


今度はガチャン!パリーン!


すごい罵声と音。


父親と伯母の喧嘩の始まり。


横で泣き続けてる継母。


これが日常茶飯事。



毎回、この騒ぎで目が覚める。

私の横で寝てたお祖母ちゃんも目を覚ます。


「いい加減にしー!!!」

お祖母ちゃんのこの声で喧嘩は終わる。



お祖母ちゃん、父、継母、伯母、私、従兄と6人家族。



賑やかだけど、そこには毎日孤独な私が居た。   

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